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ブログ 一覧 (2018年11月)

今までの ブログ の一覧です。

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2018年11月16日(金)
2018年11月09日(金)
2018年11月05日(月)

誰でも笑顔は美しいものと思いたいのですが、この男の笑顔だけは腹立たしいものです。

その男とは「麻生太郎」

記者会見での人を馬鹿にしたあまりにも不遜な態度。記者会見というのは国民へ政治をつたえる貴重な場でもあるはず。その場でまともに答えようとせず、曲った口をさらにへし曲げて実に不愉快そうな顔をしています。間違った日本語を連発して政治家のレベルを一人で下げています。あ、もう一人いたか。あんな男が政治家というのは日本大きな恥です。

一方で国際会議での満面の笑み。あの笑顔は他国の政治家に対する劣等感の表れだと考えると納得いきます。

ある総合病院の緩和病棟の話です。

入院患者さんは皆癌末期です。
そこに入院している癌の多発骨転移の方ですが、今回転倒に伴い大腿骨の骨折をして手術してそのまま緩和病棟に入りました。転移したところが折れたわけじゃないので、リハビリによってまた立ってトイレに行く可能性は残っているはずです。寝たままではなかなか便が出なくて立った瞬間便が出てしまったこともあり、本人も自力でトイレに行くことが今の大きな希望となっています。しかし病院側からは「もし歩くようになったらまた転ぶ可能性があるので危険ですから、家族のほうからもう歩くのは無理と説得してください」といわれたというのです。そうなると家族はついつい納得して何とかして本人を説得しようという行動を取ろうとするでしょう。
これって今まで医学的には正しいと考えられてきました。しかし終末期医療の立場から見ると、今まで正しいとされてきたことを見直さなければならなくなってきています。
終末期にはいろんなことが制限を受けてくるわけです。今までできてたことが急にできなくなると、人は誰でも気分が落ち込みます。何かの希望がなければ鬱状態になることもあります。そうすれば意欲低下食欲低下睡眠不足認知障害が出て寝たきりになることは間違いなし。
もちろん危険は伴いますが、もし立つことができるようになれば、本人の最後まで自分らしく生きようという意欲はもちろんのこと介護するほうも楽になります。

たとえ末期であっても立つということは非常に重要なのです。安全を最優先にして運動量を減らすことは後々大きなツケを伴うことを理解するべきでしょう。緩和病棟はそこまで考えてほしいですねえ。

TV番組で魚のことになると間違いなくさかなクンの出番です。

人柄もいいけどその豊富な知識と美しいイラストで解説がとてもわかりやすいですね。

でもヴィネは少し心配しています。
というのもさかなクンのサービス精神が大きすぎて、例えば「・・・でギョざいます」とか、何とかして言葉に「ギョ」を入れようとしていることです。真剣な解説の時と軽い話の時で言葉のトーンが変化していますが、「ギョ」の使い方もそれに応じて完璧に分けているのでしょうか?

突然言われました。

「前から言おうと思っていたんですが、先生、ジェフリー・ドノヴァンに似ていませんか?」
「え?誰それ?」
「前にテレビ番組のバーン・ノーティスっていう番組に出ていた人ですよ」

パソコン場面のその写真見て
「どこ似てるんだよ」
「似てますよ絶対」

うーんそこまで言うなら
「じゃあこれから私をジェフと呼んでください『ジェフ先生』ってね」

つい先ごろまでは前日本代表監督西野朗に似ているとか、その前スキー複合の選手渡部暁斗に似ているとか言われましたが、3人に共通するところって言えば、面長なところと、ヴィネより全然ハンサムなところです。
まあ「○○に似ている」っていう時は○○のほうがよりハンサムだったり美人だったりする場合ですよね。その逆だったら言われたほうが不愉快になりますもんね。

いずれにしても「ジェフ」って呼ばれたらすぐ返事することに慣れようっと。

NHKの人気番組「チコちゃんに叱られる」で「指がぽきぽきがなるのはなぜ?」という質問が出ました。

医学雑学に詳しいヴィネは、この原理が解明された今年の春にはその情報をすでに得ていましたので、当然答えられました。しかしその解明されたいきさつを知って昔のことを思い出しました。

解明したのはフランスのある学者。研究テーマを学生と一緒に考えているときに、その学生が指をぽきぽき鳴らすのを聞いて「これだ!」と思いついたというのです。まあその原理が解明されたからといって、人間の歴史に何ら貢献するわけではないですが、いつか何の役に立つかわかりませんものね。少なくても来年のイグノーベル賞受賞は間違いなさそうです。

ヴィネが昔のことを思い出したというのは、ヴィネがまだ産婦人科医のことです。症例報告のペーパーが書きあがり、それを教授に見せに行ったとき、教授室のソファーに座り教授がペーパーに目を通しているときに、その前で指をぽきぽきと鳴らしたら

「小野木!なんだその態度は!」!と怒鳴られたのです。

「いっちょやったるか」という気持ちはもちろんさらさらなく、また「いえ先生、指がなぜなるかというのが実は100年前から仮説がありまして、それを次の研究課題で実証しようと取り組んでいまして、今ついついそのことが頭に浮かんできたのです」と機転を利かせるほどの人生経験もありませんでした。ただ手持ち無沙汰に指を鳴らしたまでで、教授の剣幕に驚きすぐ謝りました。

今思えば、フランスの学者に比べれば教授も平凡な一市民ということになりまねえ。目の前の若造の態度にカチンときて怒鳴るだけですから。
今のヴィネが教授で同じ場面だったら「お前、足の指は鳴らせないだろう。手の指と膝の関節は鳴るのに手首や肩や足の指は何でならないんだ。手の指鳴らすくらいならだれでもできる。俺の前でやるなら頂点を極めろ」とでも言いますかね。

風邪を引いた人の症状をきこうとすると、枕詞のように
「孫にうつされたみたいなんだけど」とか
「女房が風邪ひいていて」と、
聞いてもいないのに引いた理由を明確な根拠なく人のせいにしたがる心理はどこにあるのでしょうか?

まあ、人のせいにすることで風邪を引いた無念を少しでも晴らそうとしているのでしょうかねえ。自分への溺愛が高じてついついこのような発言になるのでしょうかね。こっちとしては誰にうつされたかによって薬が変わるわけじゃないので、「なんでそんな無駄なこと言うんだろう」とあんまりいい気がしないし、むしろ加害者にされた人のほうに同情します。
この患者さん本人じゃなく加害者にされた人の身を案じる言葉を口にしたらこの手の人はどう反応するのでしょうか?ちょっと興味あります。

風邪程度ならいいのですが、がんになった時に「あの人に対するストレスでこうなった」と、(誰にでも多少はある)自己責任は棚に上げ、ほとんどがんの原因を嫌いな身近な人のせいにするようになると、非常によろしくない。つまりがん発症の時って多かれ少なかれ「なんで私が!」!という怒りを感じるものですが、ある人への怒りを明確に持ってしまうとなかなかその怒りは取り除くことができず、治療の妨げになるからです。がんになった時こそ不安や怒りをなだめるようにしないと。

運動しなくなると体重が増えると世間では言われます。そこでヴィネは非常に注意しました。
その甲斐があってか全然増えません。今朝は今までの最低体重64.0キロをマークしました。しかし自分の太ももをみると愕然としちゃいますねえ。それだけじゃなく全体的に皮膚がたるんでいます。173センチ6キロなんて数字だけ見ると大学の駅伝選手とか実業団の選手の数字ですがねえ。

筋トレはするのですが、やはりランに比べると運動量が圧倒的に少ない。長時間筋トレすることも慣れていないせいか全くできません。固定式のバイクならいいのかもしれないなあ。

膝の定期健診で病院の待合室でモニターを見ていると、ヴィネの受けたHTOの手術を受けた人のインタビューがありました。

この人はサッカーで痛めたらしいですが3か月の間をおいて両ひざのHTOを受けたというのです。そしてランニングに完全復帰できたのが2年後と聞いて

「えー、そんなにかかるのかよ!」

はっきり言ってショックですよ。ヴィネとしては1年後はガンガン練習できて、その半年後は元のレベルに戻ると考えているんですから。

今も手術とは関係ないと思われる部位の不快な症状がヴィネを悩ましています。さらにオペした部位にもまだ症状があるなど、いったいオペしてよかったのかどうか。診察受けてもこの辺の説明が不十分ですが、こういうことはHTOだけじゃなくほぼすべてのオペやそれ以外の治療でも必要なことです。治療する側はこの辺の説明十分できなければ、患者の不安を解消することができません。

多くのオペをしていればおのずと術後にどのような症状が出るのか知っているはずで、注意深く観察していけばそれはどういう経過で解消するのかということもわかるはずです。そうすれば例えば「このオペを受けた人の6割にその症状が出て、それはこういうことが原因で、約〇か月で治っていくはずです。それまで○○をしておいてください」と言えれば名医ですわな。

もって他山の石とせよか。

膝のオペをしてその後の経過に満足いっていないヴィネです。アキレス腱炎に対するPRPが劇的な効果をもたらしたので、膝にもPRPを打ちたいと思っていました。膝へのPRP 注射がどれだけ効果あるのかですが、否定する人もいましたが、その人はPRPをやっていない人でした。やっている人は手前味噌なのかもしれませんが「効果あり」「少なくても痛みは良くなる」「ヒアルロン酸に比べれば全然効果ありよ」とすべて肯定的。中には順大のように「半年に3回打てば損傷部位も治った」というところもあります。

わらをもつかむ患者心理で昨日自分でやりました。20ml採血して遠心かけて4mlのPRP作成してぶちゅ。

そしてその印象は・・・・

効果はありと言えるが、もう少し様子見たい。

つまり一番の悩みは「オペする前からあった膝内側の痛みが消えてないじゃんかよ!」でした。それも安静時に突如ツーンと痛んできたり、組んでいた足をほぐすときに「ててて・・・」という感じです。階段上るときも痛いことがあります。

その痛みがこの24時間起きていません。これは期待できるかも!

実はPRP作成の時に手順を間違えて、標準通りの手順が踏めなかったため、血小板がとってもリッチなものがゲットできたのかどうか疑問が残ります。まあそれでもやってよかったですわ。

今年中にもう一度やる予定です

 

医療費の高騰って天井知らずですね。医者の検査や治療の細かいところに難癖付けて、医療費をちまちま削減する役人。人件費かけてどれだけの節約できているんでしょう?彼らはマニュアルに沿ってただ機械的に作業しているんじゃないかなあと思います。一方オプジーボなんて医療に何千万もかかるような薬価にしたのは「何考えてんじゃ!」もしかすると製薬会社から金が流れているんじゃないかという疑いさえ持っちゃいます。CT,MRI撮りまくる病院も問題です。この中で安価なエコー検査で済むものもたくさんあります。

在宅医療していると大量の残薬に唖然とすることがしばしば。処方する医者は自分が処方したら、相手が何も言わなければちゃんと飲んでいると思っているのでしょうか?複数の薬が2か月分くらい余っていることもざら。この間は軟膏が50本も見つかりました。つけ方がよく分かっていなくて自己判断でつけていたのです。

外来ではヴィネは必ず残薬のことを確認しますが、初診の人の場合、かなりの確率で薬の管理がいい加減になっています。今日来た精神科に通院する患者さんも、朝起きてもボーっとしていて食事もとれず(だって夜に飲む眠剤や安定剤が半端じゃないんだもの!!)、薬は夜の薬だけしか飲めていない。糖尿病もあるんですが、その薬が朝に集中しているんです。当然糖尿病は良くならず。まあ食事にも医者は介入していないから糖尿病治療の基本が全く整っていないわけです。経過中医者から一度も薬飲んでいるのかどうかの確認の言葉がなかったというので驚き×2.

話は変わるんですが、プラシーボの効果ってかなりあります。プラシーボとは日本語で偽薬と訳されますが、つまり薬効のない薬の格好に似せたもの。患者は「これは薬だから効果があるはず」と期待して飲むわけですが、実際薬の効果じゃなく、「効いているんだ」という気持ちだけで治った気になっているのです。

馬鹿にしちゃいけませんよ。例えば今日過活動膀胱の薬の説明を受けたんですが、パンフレットにはその薬の効果が90.8%でしたが、プラシーボも76.2%の効果があったのです。何もこの薬だけじゃないです。プラシーボ効果は多くの薬で馬鹿にできないくらいの数字を示します。

そこで医療費高騰を憂うヴィネとしての提案です。命を左右するような疾患じゃなければ、まずはプラシーボを処方して、効果のない人だけ本物の薬を処方するっていかがでしょうか?プラシーボなんてしょせん小麦粉や乳糖とかでしょうから、薬代なんて1円程度。薬剤費は兆単位で激減ですよ。たぶん。世の中プラシーボだらけになりそうですが、問題はこういう大それたアイデアを受け入れられない堅物が医者や役人に多いってことかな。