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ブログ 一覧 (2018年12月)

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2018年12月16日(日)

昨日は4回目のPRP自己治療です。スムーズに治療できました。しかし今日は安静時の膝の内側の不快感があります。一時的な治療による副作用と考えています。それでも今日はローラー台でバイク25分とキロ8分半で3.1キロの芝生ランをしました。

27日に続いて荒療治の効果が出るかは明日以降に判定です。

27日のランボー(乱暴)怒りのランのあと、「え?なんかいつもと違う!?」

翌日から膝回りの不快感、不自由感が一段階下がったのです。
オペ後4か月半たっていますから、そろそろ術後の様々な症状が消えていくころというのは言われています。ヴィネの術後の経過は非常にゆっくりしたもので、いまだに「なんでこの症状が続くんだろう」「本当にこの症状消えるのか?」という不安が常にまとわりついていました。振り返れば確かに1か月前とは違うとは思いますが、それでも手術部位とは関係ないところの症状が説明つかなすぎ。

ところが27日のいきなりの2キロ超のランでこんな結果になるとは思ってもみませんでした。もしかするとこの年末年始の休みで本格的に復活に向けた練習に入れるかもしれません。

年とともに「1年が過ぎるのが短い」と思うようになると言います。

小学生の時はあれほど長かった1年が、中年を過ぎた人間にとって「あっという間に過ぎていく」というのは共通の感覚のようです。

このことについて新聞に「子供のころはいろんなことがはじめてなことばかりで、それを理解し処理するのにすごくエネルギーを使っている。それが中年以降ともなると、やることはすでに経験のあることばかりの繰り返しで、新たな出来事に遭遇する機会もなく、それらを処理することがなくなる。また、新たなことがあってもそれを子供の時のように興味が感じられないため、当然処理しようともしなくなる。この日常的にエネルギーを使っていることが一年を長く感じさせる要因だ」という記事がありました。

感覚的にはボーっと一年過ごしている方が、単調な日々の繰り返しで一年を長く感じるような気がするんですが、よく考えると毎日毎日同じことの繰り返しだと、1日=1年で、毎日が全く違う日だと365日=1年という数式が成り立つのかもしれません。つまり毎日同じだと、一年を振り返るときに「あー、この1年はなんの変わり映えもしない1年だったなあ」となり、毎日が新たなことへの挑戦だとしたら「この一年あれもやったしこれもやった、そういえばあんなこともやった。すっげーいろいろやったなあ」と振り返ることができるでしょう

となれば来年の目標は決まりです!毎日別のことをするのです。それが無理ならいろんな分野で目標をたくさん立てて、新たなことをどんどんするのです。

さあ、皆さんも来年はいろんなことに手を出してみましょう!!!

急にF整形でリハビリ受けてみたいと決めて2時半に現地到着。待ち時間が長いことはわかっていましたが、いつまでたっても掲示板に自分の番号が表示されません。やっと表示されたのがすでに6時。それからさらに1時間以上待ちました。その間自分の症状を細かくメモしてすぐに答えられるように準備していました。

やっと診察室に呼ばれて、いろいろ抱えている問題、疑問点を話しても医師はそれに対する答えを言ってくれません。そこで

「こちらでリハビリテーション科受けたくて来ました」と言いました。

その後ベッドに横になり簡単な診察をした後に、医師は
「紹介状を持ってきててくれればリハビリにつなげられます」といったのです。つまり自分のところでやった手術ならどういう手術をしたかわかるが、そうでなければ情報がないとわからない、というのだ。

ちょっと待ってくれよ。5時間も待ってそれはないだろう。何の得るものもないまま帰れっていうのか?そもそもHTOの手術で中身がそんなに変わりはないだろう。どの角度で切ってどんなプレート使うのかなんてそういろいろあるわけじゃないし、あったとしてもリハビリに影響あるとはとても思えない。なんでそんなことをこの医者は言うのか理解できなかった。
思うにこの医者40前くらいでHTOの経験はそう多くはないようだ。ましてや医者はリハビリに関しては素人。万が一何かあった時に自分で責任を取れる立場にまだないのかもしれない。だから紹介状というところで自分の関与を薄めておきたかったなじゃないか。

ここの病院には知り合いがいないわけじゃない。むしろかなり強い関係がある。しかしそれを表に出すのはフェアじゃないと思って、あえてその名を出さなかった。それがこんな形になってしまった。しばし頭の中で混乱した。この医者のあまりにもマニュアル通りの対応に奥の手を出そうという気さえ起きなかった。
今日こんなことを言われるとは全く予想していなかったので、想定した受け答えを考えていなかったのが失敗した。もっと食い下がれば道が開けたかもしれない。

診察室を出てもしばらく腹が煮えたぎっていた。CDで画像情報を提供していたが、それをまともに見た様子もない。この程度の10分診療で3300円も取られた。

ここのままおとなしく帰ったら何か問題を起こしそうな気がした。だから帰りに「怒」のエネルギーを発散するべく駅まで1.34キロ走った(実は行きも走った)。術後0.64キロ走ったことがあるが、今日は勢いで大幅に距離を伸ばした。駅に着いたが足は痛くなかった。むしろ少しすっきりした。

実は今日、スイカを忘れて切符を買った。ところが帰りの電車に乗った直後、切符がないことに気づいた。改札で切符取り忘れたのか?駅でまた料金を取られるのは癪だ。でも領収書がある。もちろんこれですんなりOKとはいかないだろう。でもこれで何とか食い下がってやろうと考えた。

案の定「これは領収証で、切符じゃないから」といわれたが「わかっています。でもほら20時32分に東船橋で買ったんですよ。行きもほら領収書があるし。お願いしますよ」と憐れみを乞う目で見た。「じゃあ今度だけですよ。次からはだめですよ」

これが5時間待ちの10分診療で得た教訓だ。
「食い下がれ。いろんな枝葉末節を付け加えて物事の本質をぼかしてごまかして要求を通せ。アスリートのフェアな精神は邪魔だ」

朝日新聞から投稿のお礼が来ました。

当日の朝刊と3000円の図書カード。クオカードでないところが「なあるほど」

ところで、この投書掲載は十大ニュースの一つかもしれない。

毎年十大ニュースを考えるんですが、7つくらいで頭打ちになります。一般人はそれだけ毎日変わらない生活を繰り返しているんでしょうねえ。

じゃあ行きましょうか。

1.何とか静岡マラソンでサブスリー達成
2.練習中に左膝の損傷
3.左膝HTO手術受ける
4.当院でprpを導入する
5.在宅医療でACP(advance care planing)の普及に努力する

あれ、今年は5個で終わっちゃった。

じゃあもっと細分化して追加してみましょう

6.ベストで準備が整った館山マラソン直前にノロに感染して二度と広島のカキはくわないと誓った
7.PRPを膝に自己注射
8.膝の疾患についての理解を深め、医療機関での治療に限界を感じる
9.あまりにも在宅医療や介護に関心がない医療従事者が多くて、部会に参加していて怒怒怒怒!!!こめかみの血管きれそう
10.高齢の両親の健康問題で何度も実家に伺い心労

まあこんなところでしょうか

おおっと、最後に追加しなきゃいけないことがあるはず

11.年末ジャンボで大当たり~!!

もう20年以上前にこのバイクを買いました。ところがすぐに乗るの止めました。そのわけは、

「あぶねえんじゃねえの?」

こんなスピードの出るバイクで車道を走ったら、いつどこでひき殺されるかわかんないという恐怖感が先に立ちました。ランは気を付けていればそんなに車にひかれる可能性はないですよね。最も酔っ払い運転にかかっちゃいくら注意していてもダメな時がありますが、なんてったってバイクは車道走りますからねえ、酔っ払いでなくてもひかれる可能性はありますよ。怖い怖い。

もしかするとヴィネってとっても怖がりなんじゃないかとつくづく思います。

じゃあなぜバイクを甦らせたかですが、これは訓練用として固定して使うためです。今回は新しいタイヤを付けただけですが、ちゃんとこげることを確認できました。25年以上前のものですが、美品しい。色も褪せてない。錆はほとんどなし。つまりそれだけ使っていないということ。街中を走るのでしたらブレーキワイヤは取り替えなければならないかもしれませんが、ローラー台での練習ですから、とりあえずこれまで。

ヴィネだけじゃなく多くの日本人が不快な思いしたと思われる「次の質問をどうぞ」の連発発言。

今更お詫びしても遅いわ!

外務大臣になってから、河野は豹変しましたねえ。 それまでは自民党の中で稀な原発反対派で気骨のある政治家と思われていましたが、大臣になったとたん、自身のウェブサイトでの原発反対の意見を閉じてしまいました。以来、安倍政権の重要な一翼となり、世界中を精力的に回っています。その発言内容も自民党議員の模範となるようなものです。

さらに党内での成長を願っているのでしょうか、今回の発言内容と態度は麻生にそっくり。記者会見と言えば国民に情報を発信する重要な場なはずです。それを完全に無視。質問そのものがなかったようなその態度、トランプとも似ているなあ。

以下が朝日新聞に掲載された分の編集前の原文です。文字数の制限があり、編集されるのは仕方ありませんが、やはり少しこちらの言いたいところがオブラートで包まれた感じになりました。見方を変えれば実物よりソフトな印象を与え、仏様みたいな先生と過剰に評価されちゃうかもしれませんけど。

12月8日付「自己決定支える医療まだ遠く」の木村利雄氏の投稿を読み、在宅医療に携わる立場からの意見を述べたい。

終末期は治療が奏功しなくなったり、治療に対する患者さんやその家族の考えは大きく変わる傾向にあります。しかし外来医療では時間の制限があり、多様な考えに十分対応できていないのが現状です。それなのに、多くの病院では患者さんが通院できるならいつまでも通院させる傾向にあります。

私は患者さんが1年以内に亡くなっても不思議ではないと思われた時にはそろそろ在宅医療を考えるべきではないかと思う。例えば風邪や湿疹など原疾患とは関係ない症状の時に在宅医を受診し、その際在宅医療の相談もしてみてはどうだろうか。多くの在宅医は患者の多様性を受け入れ、話を聞くことに時間を割いてくれるだろう。現状、病院から紹介される患者さんの予後は3か月くらいしかないことも多く、本当に満足した最期を迎えられたのか疑問が残ります。もし在宅医療に入るまでにこのような形で「在宅準備期間」があれば、患者さんの自己決定を支えるのに十分な時間があるので、単に自宅で最期を迎えるという数の実績だけではなく、尊厳ある死を全うできるという在宅医療の質も向上すると思われる。