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アンブロワーズ・パレ - ブログ

キズの治療は、まずきれいに洗って軟膏をつけてガーゼや包帯で覆う。血管からの止血は糸で結紮する。

今では当たり前のこれらの処置は、ある一人の床屋医者の発案で生まれたのです。彼の名はアンブロワーズ・パレ。

床屋医者とは、正規の医学教育を受けていない医者で、正規の医学教育を受けた医者の指示のもと、直接患者に触れて処置をする医者のことを指します。中世のヨーロッパでは医者は権威の塊で、ブラックジャックのようなローブを着て威厳を保ち、薬の調合や処置を支持するだけでした。血や膿などに触れる外科的処置は「卑しい手仕事」として床屋医者にゆだねられていたのです。

そして当時のキズの治療は信じられないほど残酷なものでした。例えば大砲の砲弾による挫滅創は、「火薬の毒」による作用と考え、創面に煮立った油を注ぐとか灼熱した焼きごてを当てるなど、熱を加えることでした。当然患者は発熱し痛みに苦しみました。それを床屋医者は、正規の医学教育を受けた医者の指示のもと固く守り続けたのでした。

トリノでの戦場でパレは、多くの負傷兵の処置に追われていました。そして「火薬の毒」を消すための油が底をついてしまいました。仕方なく彼は卵黄を食用油などで練ってそれを傷口に塗ったのです。ところが翌日になると焼きゴテや煮立てた油で治療した患者に比べて、彼が即席治療をした患者たちの方がはるかに良い状態で痛みも軽かったのでした。

それから彼は現代のキズの処置につながる方法を確立していったのです。彼の卓越した技術と愛護的処置方は広まり、王侯貴族の間でも有名になり、フランス国王の侍医になったのです。当然権威ある医師たちの猛反発を食らいましたが、その後彼は4代にわたって国王からの信頼に応え続けました。

パレはとても謙虚な人間で、自ら体験した知識や技術を惜しみなく伝えました。そして彼の著書は平易なフランス語で書かれていて、多くの床屋医者にも理解できるものでした。当時の医学書は権威を保つためにラテン語で書かれていて、高級な専門書はラテン語で書かれるべきだと信じていた教授陣は「権威を貶める所業だ」と猛烈に非難し出版差し止めの訴訟まで起こしたのです。しかし医療現場でンお有用性は疑う余地がなかったので、彼の本は飛ぶように売れたのでした。彼の書籍は各国語に翻訳され、日本の蘭方医にも伝えられることになったのです。

以上は松本歯科大名誉・特任教授の笠原浩氏のある雑誌への寄稿を抜粋しました。

現在の外科処置の基本は床屋医師のパレの功績によるものですが、パレの名はほとんど知られていません。おそらく今の医者のほぼ全員が、外科処置は長い医学の歴史の中で医者たちがいろんな苦労をして積み上げてきた技術なんだ程度にしか理解していないと思います。正規の医学教育を受けた医師の敗北の歴史など絶対に教えていないです。
脚気の原因についても日本の医学の権威は栄養原因説を否定し続け、多くの戦士を脚気死に追いやりました。時代は変わっても権威主義の医学会は過去の失敗から何も学べませんでした。

しかしこれは医学に限りません。特に威厳を誇りたい職種に共通して見られる現象です。政治家がその典型です。大統領や首相など大物の政治家に限らず、市議会議員程度でも決して自分の過ちを認めません。

もし身近にこんな人間がいたら、絶対に友達になりたくないと思うのですが、なぜかこの手の人間は死滅しません。それどころか選挙では指導力があると評価されてトップに上り詰めます。プーチン、トランプ、習近平、マルコス、多くの指導者がこの手の人間です。他国のことだと安心しないでくださいね。

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