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ブログ 一覧 (2019年12月)

今までの ブログ の一覧です。

2019年12月18日(水)
2019年12月15日(日)
2019年12月15日(日)
2019年12月08日(日)

日記を見ると、最初に膝窩に違和感を感じたのは8月31日でした。しかしその後も20キロ以上走れることができ、そこそこのスピードも維持できていましたが、9月18日以降の記載は、毎回膝窩部の痛みについて悲観的に書かれていて、また走行距離もそれにつれて落ちていったようです。

ということは3か月ぶりの激走と言えるでしょうか。12.12キロ走り58分16秒。最速キロ4分23秒。フルマラソン予想タイムは3時間5分。もちろん膝の痛みからは完全に開放され、一気にスピードが増したようです。

予想タイムはあくまで予想ですので、これからの練習次第でどうにでも変化します。嬉しいのは走っていてとても気分がいいことでした。こんな気持ちになったのは1年10か月ぶりでしょうか。

というわけで復帰後最初のレースに佐倉マラソンに登録しました。最後に参加したときには17キロで屈辱の途中リタイアでした。アップダウンのある記録の出にくいコースですが、ヴィネが一歳刻みランキングで一位をとった思い出のある大会でもあります。

あと3か月もあれば準備期間としては十分です。サブスリーは無理でもそれに近い記録を出したいものです。

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さて昨日の中途半端PRPの効果はいかがでしょう?

少し北風があるが晴れて気持ちいい日です。十分ストレッチしてランに出ました。

1キロ、2キロ・・・、痛みが出ません。これはいけそう。スピードもアップして最速キロ4分42秒まで上げました。5キロも痛みなしで通過。そして8.3キロでゴール。4か所のアップダウンのあるコースで平均4分57秒です。

やったー!

やっと4か月の長いトンネルを抜けたのです。これで2020年をハッピーな気分で迎えることができます。

ばんざ~い!(^o^)/

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さて、黒幕である滑液包炎の液体を抜いた翌日のランですが、普通なら2キロ当たりで痛んでくるのが4.5キロ当たりで感を感じる

程度になりました。全く無症状を期待したのですが、常識的にはそれは無理。

よく膝に水がたまる人がいますが、一度抜いてもすぐにまたたまるのは常識ですから。そして翌日はほぼ前の状態に戻ってしまいました。

やっぱあれをやらなきゃダメか・・・・

そして昨日土曜日です。右図の⑩のところが滑液包です。再度エコーをすると案の定液体がたまっています。ここと①②③の筋肉を探り、圧痛のある部分2か所、合計3か所にPRPを打つことにしました。

エコーで慎重に滑液包に針を進め、ここに0.5ml注入し、針を細い針に変えて圧痛点にさして注入を・・・(針を変えて理由の詳細は省略)

ブシャ!!

ああ~!ショーック!!!!

なんと針と注射筒の接続が甘くて注入の内圧に耐え切れずPRPの液体が飛び散ってしまいました。

おおおお・・・かなりのショック、痛手は大きい。な、なんということをしてしまったんだろう。

もう一度やる?いやいや高い物だからそうおいそれとはできません。まあ仕方ない。ここはあきらめて、これだけでどこまで治るか明日に期待しよう。

 

 

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ゲーターを履いてもハーフタイツ履いても、一瞬改善した気にはなりましたが、結局痛みはあまり変わりないと判断せざるを得ません。
そんな悲観的な状況でも一日3キロとか4キロ位は走っているのです。そして大きな転機が起きたのが11日のランの時でした。

2キロ過ぎで痛くなり、立ち止まりマッサージをしていた時です。今までは痛い膝裏、つまり腓腹筋の付け根あたりを探っていたのですが、ふと膝の内側を押してみたら
「あれ?こんなところに圧痛が・・・・」

今まで自発痛ある所に圧痛がなかったので、対策も暗中模索状態。しかし今日は近くに初めて圧痛を確認できたわけで、こいつが黒幕か!?との思いに胸が高鳴りました。
胸が高鳴るってことは展望が開けたってことです。早速エコーで痛みの部位を確かめてみました。すると、なんと!!!!!!!

右の写真の黒いところと痛みが一致します。!お前か!お前がヴィネを4か月も悩ませていた黒幕だな。このエコー画像が動かぬ証拠だ!

こいつを退治しなければ。まずはここをめがけて針を刺し貯留する液体を吸引しました。
得られたのはドロッとした淡黄色の液体0.8mlです。おそらくこれは滑液でしょう。滑液とは靭帯が周囲の組織と擦れる時のクッションとなるもの。ここに炎症が生じると液体がたまるのです。つまり滑液包炎だったのです。
とりあえずこの日はここまで。吸引しただけで治るとは思ってはいませんが、まずはこれだけでどのくらい改善するのか見てみたいという気持ちがあります。

ところでなぜここに炎症が起きたのかですが、ここはいわゆる鵞足を形成するところです。鵞足とは大腿内側の縫工筋、薄筋、半膜様筋、半腱様筋が集まって脛骨の内側にくっつところを指します。

ところでここで一つの疑問があります。この現象はHTO(脛骨高位骨切り術)を受けたことと関係があるのでしょうか?
ヴィネは大きな関連があると思っています。つまりそれまではむしろO脚気味だったので膝の外側、つまり腸脛靭帯炎を起こす可能性のほうが高いのですが、それをオペによってアライメント(四肢軸)が変わり、内側に負担がかかるようになった。というのがヴィネの推論です。言ってみればHTOを受けた人は強度の強い練習をすると鵞足炎になる可能性が高いということが常識なのではないでしょうか?
だとしたらオペを受けた後にそのことを注意して欲しいものです。ヴィネは多くの整形外科医に「元のパフォーマンスに戻ることはほとんどない」「元のような成績を残した人は知らない」といわれました。しかしそんなことより、どんなことが起こりえるのかを教えてほしかったなあ。

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ヴィネが中村医師の活動を知ったのは今から22年くらい前だったと思います。海外ボランティアに興味を抱いていたころに本で読んで、辺境の地でハンセン氏病の治療に専念している医師の活動に非常に心を打たれました。

自分がここまで献身的に地元の人のために人生をささげられるだろうか?とても無理だと思いました。

中村医師の「一本の用水路は100の診療所に相当する」の言葉はには、まさにその通り。その言葉で『ODAの援助は地元の現状を考えていない』という友人の言葉を思い出しました。
友人はアフリカで井戸を掘る仕事をしていたのですが、ODAの支援で作った井戸は2,3年で悉く使えなくなっていると怒っていました。砂漠の中で高性能の井戸を作ってもすぐに細かい砂が原因で使えなくなる。地元の人が修理できないので、放置されている井戸が沢山あるのだそうだ。なぜそんなものを作ったのかですが、それは安い井戸だと日本企業が潤わないからだというのです。つまり井戸を作るのは地元の人たちのためではなく、日本企業のためだというのです。

その点中村医師の仕事は地元にしっかり根付いたものです。システムは単純なほど管理しやすい。そして一面茶色の荒涼たる土地が緑豊かな土地に変わるのを見ると、誰だってやりがいを感じるだろう。

ノーベル平和賞ほど不適切な人に与えている賞はないと思われる。オバマもゴアも金大中も佐藤栄作もスーチーも全員平和賞を返還せよ!そもそも政治家に平和賞をあげちゃいけないですよ。国によって評価は全く違うんだから。その点中村哲医師ほど賞にふさわしい人はいなかったと思う。しかし亡くなった今はもうノーベル賞をもらうことができなくなった。何か代わりになる賞はないものかと思うのだが、受賞によって政治家の人気取りに利用されないことを願う。

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