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院内感染予防の父ゼンメルワイス - ブログ

ゼンメルワイス(1818-65)はハンガリーの医師です。

百数十年前まではすべての傷は化膿するのが当たり前で、それは傷が治るための必須の過程と考えられていたのです。

28歳のゼンメルワイスはウィーン総合病院第一産科の助手の職に就いていた。彼の職場は大学医学部直属の最高医療レベル施設(のはず)でした。しかし産褥熱のまん延がはなはだしく、産婦の死亡率は10%にも及びました。つまり10人子供産んだら母親はなくなるのです。
ところが同じ病院の助産婦学校所属の第二産科では死者は多くても1%に過ぎませんでした。

ゼンメルワイスこの事実に驚愕しました。(ヴィネからすると彼以外がこの事実を問題にしなかったのがとても疑問です。それが権威構造社会の弊害なのだと痛感します。)彼は原因究明のため産婦を解剖しました。そして最終的に病毒が傷口から侵入して化膿するという結論に至ったのです。そして塩素水で消毒することを徹底して、死亡率が3%にまで改善しました。

しかし若かった彼がほかの医者に消毒を強制したことは先輩たちは反感を買いました。しかも当時は「すべての疫病は体液のアンバランスで起きる」という医学常識があったため、彼の病毒原因説は権威に対するあからさまな挑戦でもあったので、彼は最終的に病院から追放されてしまいました。

母国ハンガリーに戻ったゼンメルワイスはブダペスト大学の産科の教授になり、消毒の重要性を説いた本を出版しました。ところがここでもまた医学の権威が邪魔をします。ベルリン大学のウィルヒョウ(1821-1902)はチョー有名な病理学者です。ウィルヒョウのリンパ節を知らない医者は誰もいないくらい有名です。そのウィルヒョウがなどから彼は全面的に否定されました。

彼は次第に精神を病みウィーンの精神病院で47歳の短い生涯を閉じたのです。

微生物の存在は1672年にすでに報告されていました、1840年には膿汁中にも無数の微生物が存在することが報告されています。なのに化膿が微生物によるものと結びつけられるにはまだ時間がかかったのです。

まずはパスツール(1822‐1895)が生命が自然発生することはないことを証明しました。そして食品の腐敗は微生物によるものだと結論付けました。リスター(1827‐1912)はパスツールの研究からヒントを得てフェノールによって化膿や壊疽を防ぐことに成功しました(1866)。そして創傷の化膿が微生物のよるものと結論付けました。リスターの功績は高く評価され男爵にもなりました。

リスターはゼンメルワイスの存在を知りませんでした。イギリスの開業医デューカがゼンメルワイスの伝記を著したことで、リスターは彼の存在を知り、ゼンメルワイスこそ真の消毒法の創始者と主張したのです。

ゼンメルワイスもウィルヒョウもパスツールもほぼ同じ世代です。リスターだけがこの3人より少し若いです。ゼンメルワイスは不遇の医師ですねえ。パスツールがゼンメルワイスの存在を知っていれば、そしてリスターがもう少し早く実験に手を付けていれば、と悔やまれます。今の時代は情報がすぐさま世界中に伝わりますからこの問題は解決できるでしょう。
しかしウィルヒョウのような権威の頂点にいる人間が、斬新でこれまでの常識を覆すような考えに触れたときに、それを素直に受け入れるかと言ったら、現代でもそれは難しいと言わざるを得ないでしょう。

ヴィネの「NHKは国民を救う」も闇に埋もれる運命なのかもしれません。

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