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ある大型電気店のトイレでの光景。5つある男子の便器のうち2つが使用禁止。2つともこの張り紙。

店長でなくても気づいて注意する従業員はいなかったんでしょうか?

まあ、張り紙した直後にヴィネがトイレに入ったと好意的に考えましょう。

また明日ここに行って確認したりして・・・。

ヴィネの身体から取り出したプレートとねじです。

ねじ一本で2万円と聞きました。これだけで30万くらいするんでしょうねえ。

一見新品。でも日本じゃ再利用禁止。

途上国なら使えそうだって?

それはないでしょう。途上国でもこんなオペできる施設は、超セレブしか利用しない病院で、そこでは先進国と同じ医療を提供しているはずです。したがってこれはもう再利用できないんです。

まあヴィネが死ぬときに一緒に棺桶に入れてもらおうかな。

さて、皆さんは平成最後の夜をどんな思いで迎えたでしょうか?
感傷に浸る人、昔を振り返り懐かしむ人、ただひたすら陽気にお祝いする人・・・・

ヴィネはその時入院していました。
昨年脛骨高位骨切術という痛そうな、名前の手術を受けて、4月30日の平成最後の日にその時に埋め込んだ金属プレート除去術を受けたのです。麻酔は腰椎麻酔で関節鏡で関節内を見て、その後麻酔薬で意識を落としてプレート抜去したのです。

腰椎麻酔で大量の薬を使ったのか、術後の痛みはしばらくなく、それは良かったのですが、中々尿意が起こりません。夕食も取り水分も500以上飲んで、コーヒーだって飲みました。その上点滴で1000も入っています。最後まで麻酔の影響が尻あたりに残っていて、しびれています。

術後10時間たった夜10時、さすがにこの辺で出しておかなきゃまずいだろう。下腹部を触ると膨れ上がった膀胱で盛り上がっています。ベッドサイドに立ち上がり、尿瓶を当てます。歩いてトイレに行ってもいいのですが、ここは安全のため、初回は尿瓶を使いました。

予想はしていたものの、なかなか尿は出ません。
いざ出そうとすると出ないことは時にあることで、例えば講演会の休憩時間などで短時間に一斉にトイレに人が集中した場面で、「絶対にしとかなきゃ」と自分に義務を負わすようなことをすると、突然出なくなることがあります。「やばい!」と焦ると余計でなくなります。となりから勢いよくシャーっという音が聞こえるとなおさら。自分より後に入ってきた人が次々に用を済ませて出ていくと緊張は極限に達し、どうあがいてももう出ることはありません。こうなると諦念で肩をがっくりと落とし、あとは誰にも悟られないように、いかにも「俺は用をすましたぞ」とばかりに、腰を軽く上下に震わせ最後のしぐさだけして便器を離れるしかありません。

この日はせかされるでもなし時間はたっぷりあります。一人暗い部屋の静寂の中で尿瓶を前に佇んでいるのです。10時間も経って多少麻酔が残っているだけでこんなに尿が出ないものなのでしょうか?

もしかすると術後で病室にいるという非日常的な環境が緊張を作り出しているのではないでしょうか?そうだとしたら積極的にリラックスしたイメージを抱き、尿道括約筋に緩むように働きかえればいいんじゃないでしょうか?

「そうだそうだ、いい子だから緊張を緩めな、そうっとそうっとリラックスしよう。」

下腹部を円を描くように撫でまわし、自分でも括約筋が緩むイメージを思い描いて、膀胱最底部にイメージ周波を送ります。

その時です。尿瓶を持つ手がやや暖かくなりました。

「出てるか・・・」

音はない。でも少し右手にいままでなかった重さを感じる。わずかながら出ているに違いない。音がないのは尿が尿瓶の壁をそっとつたっているからに違いない。まだ麻酔が残っている尿道にもかすかだが水の流れを感じる。

「このまま行ってくれ!」

すがるような気持ちで願ったが、其の後尿瓶の重さは変わらず。括約筋はまた緊張してしまったようだ。

「本当に出たのだろうか?」

そんな疑問を持ったのは当然の成り行きでした。尿瓶をかざしても暗闇の中では確認できない。そこで耳元で振ってみた。

ちゃぷちゃぷ

おお!やっぱり出てくれたか!?

うれしさのあまり、こめかみあたりに冷たいものがはねたことは気にならなかった。どうせ俺の分身だ。

出るには出たが、15分以上かかった。これ以上頑張っても出そうにもない。いったんベッドに戻って戦略練り直しだ。

出たのはせいぜい50cc程度だろう。時間的経過と摂取水分量を総合的に考えて、最低でも500はたまっているはず。下腹部の張り感から考えて600からマックス800か?膀胱最大許容量に近い。このまま1晩過ごせるわけない。麻酔が完全に切れたら出るんだろうが、平成の尿は平成のうちに出すべきだろう。

そんなことを考えているうちに体に異変を感じた。突然尿道周囲の皮膚感覚が急に戻ってきたのだ。おもむろに触ってみると

「おお懐かしの感覚!これだ、これなら出るはずだ」

再びベッドサイドに立ち、尿瓶を添えた。さらに今までと違うのは高揚する心の動きだ。今までは排尿に対するすがるような、いわば守りのような気持だったが、今は違う。

「出るぞ、勢いよく出してやろうじゃないか」

という胸の高鳴りを伴う攻撃的姿勢だ。その気持ちに呼応して尿道括約筋は開いた。じょじょじょじょ、とまるでミキサー車からコンクリートが押し流されるように出続ける。右手に持つ尿瓶はどんどん重く温かくなる。

「いったいどれくらい出るんだろう。もしかするとあふれるんじゃないか。」

尿瓶の内空を共鳴する音が次第に高くなる。尿が溢れてナースコールなんてことになったらとっても恥ずかしい。この病院の語り草になっちゃうではないか。

しかしそこは尿瓶もうまく考えて作られていると見え、あとでわかったのだが、一回の尿ではどんなに頑張っても溢れない容量をクリアしているのだった。こうして出た尿は650!!結構色も濃かった。記念に写真に収めたが、ここに載せるのはためらいを感じる。いずれにせよ、平成最後の仕事を無事成し遂げられて、そのあと深い睡眠に陥ったのは言うまでもない。

ヴィネの平成最後の夜はこうして帳を下ろしたのでした。

77歳女性が1年半ぶりに来院されました。この1年半は「当院が遠いので近くの医療機関に通院していた」とのこと。

「風邪ひいてるのにカロナールしか出してくれなかった」とも言っていました。

以前当院では高血圧の治療をしていましたので、そのあたりから話を掘り下げていきました。症状は多岐にわたり、大学病院や診療内科、整形外科、漢方医院など転々と受診。
話の中から残薬がたくさん置いてあると聞きだすことができました。それを処方した薬局が引き取るという話まで!
それに待ったをかけて持参するように言って回収したのがこの薬の量。種類にして14種類。漢方は4か月分、降圧剤は3か月分、コレステロールの薬に至っては7か月分も余っています。
薬価を計算したら31666.5円になりました。

認知症があるのかと思いましたが、話の筋は通っていますし、毎日雨でなければ歩いているとも言っています。

なぜこのようなことが起きたのでしょうか?詳しく聞くといくつかの要因がわかりました。

1.整形外科で二人の医者にかかり、同じ薬を出されていた。
2.それを薬局で何の問い合わせもなく出された。
3.漢方医院で「こちらで漢方出すから降圧剤や鎮痛剤はやめていい」といわれた
4.漢方飲むと気持ち悪くなっていたので、自己判断で中止した
5.「たくさん余っている」と言っても「まあまあ、また必要になるかもしれないから出しておきますよ」と整形外科医に言われた

この患者さんは特殊な例ではないです。こういう高齢者はいくらでもいます。高齢者は認知症でなくても、若いときのような判断力ができない傾向にあります。これだけ残薬あっても1割負担じゃあまり実害がないため、高齢者は強く言わないのかもしれません。

医療費の損失は全国レベルで言ったら何十億、何百憶に至るに違いありません。
そんなこと全く気に留めずに、自分の仕事だけ淡々とこなす医者のなんと多いことか!「回収しますよ」っといった薬局の意図は?再利用するんじゃないかと疑いをかけたくなります。

ヴィネの頭は、怒怒怒怒怒・・・・・!!

そして厚労省役人よ、もっと現場に目を配れ!

ルンルン元年に小野木医院はピカピカになります。

内装に少し手を加え、駐車場を整備してもっと使いやすくします。面積は変わらないのに2台分余分に駐車スペースを確保します。待合室も広げました。だからといって小野木医院を繁盛させようって気はないんです。来る者は拒みませんが、宣伝するつもりは毛頭なし。まあ、患者さんが使いやすくなればいいっていう意図だけです。

しかし外見だけピカピカにしても、肝心の小野木医師の考えがタヌキ親父頭じゃその辺の金儲け医院と同じ。

そこでドドーンと革新的な行動をとることにしました。

思うんですが、ヴィネは医学的知識の専門性を追求する、というところでは勝負しようとは思いません。専門性を追求した所で必ずそれより上がいます。市原市の町医者の到達できる専門性なんてたかが知れています。それよりアイデア、発想のユニークさで勝負しようと思っているのです。もしかすると今までにどの医者もやらなかったこと、できなかったことができるかもしれません。
もちろんこれまでもかなり他とは違った視点で医療に切りこんできました。それはヴィネのブログやホームページを見ていただければわかります。しかしブログやホームページには限界があります。訪れる人は検索かけて見に来なければ、触れることができない情報なのです。

そしてその限界をぶち破る方法を思いついたのです。じゃじゃーん!!

具体的なことはもう少し発表を遅らせて、確実性が高まった時に公表しま~す。

ランでキロ6分を切れるようになり、調子は上がっているとは実感しますが、高々10キロちょっと走っただけでその後疲労感が増して眠くなります。今までは30キロ位走るとその後睡魔に襲われていたのですが、相当筋力が落ちたのでしょうかねえ。

反省も込めて、そして今後のけが予防のために、ついに筋トレにまじめに取り組む決意をして続いています。

なんにしてもきっかけが大事ですよねえ。必要性はわかっていても、ついつい先延ばしとか三日坊主で終わることはどんな分野でもありますが、あれほどやる気を起こさなかったのに、ほんのちょっとしたきっかけでやる気スイッチがはいるなんて、今更驚いています。

まあ、1年後ヴィネのシックスパックスが疲労できると思います。乞うご期待!!

一昨日からランに変化が見られました。

今までとは違って”走ってる”ってフィーリング足をつたって体全体に伝わってくるんです!

そして関節の動きもスムーズになっている。だいぶ違和感がなくなっているんです。それに伴ってタイムが短縮しました。普通に走ってもコンスタントにキロ6分を切っています。

いったい何がこの変化を引き起こしたのでしょうか?
一つは時間。そもそもそうなってくる時期だったのかもしれません。しかしそれにしては一昨日からというのは急ですね。
二つ目は最近やっている筋トレ。自分のランニング人生でやっと本気で筋トレに取り組もうという気になったのです。でもまだその効果が出るには早すぎるような気がするが・・・。まあでもおかげで体はかなり絞れてきて、目標の64.5キロを切って、この6年間で2番目に低い体重になっております。
三つめは季節。春だから。ちょっと単純すぎるな。

まあ何でもいいや、よくなってることに文句はない。

本日は術後8か月の受診です。

「どうですか、体調は?」
「いいですよ、20キロ走っています」
「え、そんなに走っているんですか?」

それから医師はCTを見て、
「まあだいぶつきかけていますから大丈夫でしょうね、いつ(プレート)とります?連休はずっとお休みでしょうか?」
「はあ、プレート抜去のために空けておきました」

そんな会話ののちプレート抜去の日が4月30日に決定しました。これが取れればだいぶ違和感もなくなり、走りも一段と良くなると思われます。

プレートの分だけ体重も軽くなるし。おっと、何十万もするプレートですから、抜去後は記念にいただいて帰ります。

待てよ、何十万もするプレート抜去するんだから、その分、ヴィネの価値も下がるってわけか・・・・。こりゃあんまり公表しないほうがいいな。

右かかと痛めてつらい走りでした。そろそろPRPやるしかないかなあ。

でも何とか足を伸ばして瀬又の鯉のぼり、いえいえ「鯉下がり」まで辿り着きました。

「鯉下がり」は当然初耳でしょうね。ヴィネだって初めて使った言葉ですから。でも写真見ていただければ十分お判りでしょう。今日はほぼ無風。鯉、全然元気なし。だらけてるっていうか、親に叱られてふててる子供みたいです。

 タイトルの質問を受けたのはここで2回目です。

ヴィネがランニング中にここで水を汲んで飲んでいたら、利口そうな柴犬を散歩させていた60歳くらいの白髪の男性が声かけてきました。

「たぶん飲めると思いますよ。どのくらい深く掘ってるか知りませんけど、変な味はしないし、飲むと言ったってたまに飲む程度だから多少農薬が入っていても害は少ないでしょう」

以前はこんなこと言ったら質問してきた中年の女性が黙ってヴィネに背を向けて立ち去っていきました。なんか悪いこと言ったかあな、と思ったのですが、今回は話が弾みました。

「あ、ほんとがメダカも泳いでいる。へえ、この水一年中枯れないんですか、見た感じはきれいですよね」

「まあ、見た感じで濁ってたらヤバいですよね。ここ(側溝)はずっと先までメダカいますよ。本当かどうか知りませんが、この先には蛍がいるって聞いたことがありますけど」

「本当ですか、カワニナいるかなあ。あ!いた、ほらあれがカワニナですよ」

確かにカワニナはいますが、たしか蛍は清流には育たないんじゃなかったっけ?このおじさん話が続きます。

「この先に有吉公園があるでしょ、あそこの池もきれいですけどね、シジミがいるんですよ」

ちょっと待った!シジミは河口とか汽水湖に住む二枚貝だよ。こんな内陸の池にいるわけないでしょう。そうおもっても、このおじさんシジミと信じ切っています。夢を壊しちゃいけないと思って軽く驚いて同意しておきました。

疲れ切ったランの途中で見知らぬ人との会話が楽しめました。